近代化産業遺産 総合リスト


 
建物紹介例
<写真がここに入ります。(下は例)> 現在の建物名称(昔の建物名称)
住所(移設の場合、旧所在地) 建築年代
構造/階層 設計者/施工者
文化財指定・顕彰(ある場合)/撮影日/所有状況/
使用状況(建造当時の用途)
建物説明をくどくどと。(文末に参考文献ナンバー)

広島県東広島市編

(西条地区)

賀茂鶴酒造本社事務所(同左)
東広島市西条本町 昭和2年(1927)
木造/2階建 不詳/不詳
/04.6/賀茂鶴酒造/事務施設(同左)
 堂々たる事務所建築。シンメトリーに見えて微妙に異なるL字形態をした事務所です。大正期の造りだと思いこんでいたのですが、報告書によると昭和の建物だとか。洋風移入に際してのタイムラグが生じた結果なのかもしれません。
 近年改装されたようですが、所有者の愛情が感じされる、実に丁寧な造りをしており、このまま何十年もこの地に息づいてくれることが大いに期待できる、素晴らしい建物であると確信します。また行ったときにはお酒を買いに行きたいなあ。(58.)

賀茂泉酒造・酒泉館(広島県西条清酒醸造支場)
東広島市西条上市町 昭和4年(1929)
木造/2階建 不詳/不詳
/04.6/民間/商業施設(事務施設)
 行政の施設と言うこともあってか、時期的には多少時代錯誤とも思える様式建築に則った、なかなか威厳のある建物です。元々は県の醸造施設として用いられた建物で、昭和40年代後半に醸造試験所が移転した後は、隣接していた賀茂泉酒造が買収、交流施設として用いられ、現在に至ります。外装と異なり、内部の大部分は和風であることも特徴のひとつでしょう。
 市内に現存する洋風建築の中ではもっとも美しい建物ではないでしょうか。その用途から形成されていった西條地区の建物群にあって、自己主張の強さを見せつけています。(聞き取り.58.) 

賀茂泉酒造・藍泉館(広島県西条清酒醸造支場)
東広島市西条上市町 昭和4年(1929)
木造/平屋建 不詳/不詳
/04.7/民間/商業施設(事務施設)
 藍染め製品の展示場所としても使用されているため、この名前が付けられているとのこと。ただ保存するだけでなく、何かに活用しようという民間の姿勢がはっきりと感じられ、そこに美意識を感じられます。
 安芸西条は江戸時代から徐々に形成され続けてきた酒蔵建築群が駅前に多く立ち並んでいます。そのたたずまいを見るだけでも、将来の重要伝統的建造物群の第一候補になること間違いないと思うのですが、その中でも意識ある方々がこのような形で施設を見せているのは、素晴らしいと言うほかありません(だから宣伝しています)。(聞き取り.58.)

亀齢酒造洋館部(同左)
東広島市西条本町 昭和初期
木造/平屋建 不詳/不詳
/04.6/亀齢酒造/醸造施設(同左)
 安芸西条の酒蔵群がひしめく街並みの、まさにど真ん中に位置しており、また「キレイ」とカタカナで書かれている煙突を見ると、何がどう「キレイ」なのか、気になって行ってみたくなります。実際訪れてみればどこにでもありがちな素朴な酒屋さんで、親しみが持てます。
 安芸西条の中でも一番「辛口」なのどごしを持つ酒は、昨今の辛口好きにもあうのかもしれません。仕込み水のみずみずしさにおいては近辺で呑んだ酒蔵の中では1,2を争うもののように感じました。(58.)

西條鶴醸造(同左)
東広島市西条町 昭和期
木造・煉瓦造ほか建 不詳/不詳
/04.7/西條鶴醸造/醸造施設(同左)
 増築を重ねたのだとよく分かる建物群です。株式会社としての成立は平成17年とかなり新しいですが、実際は古くより日本酒を造り続けている蔵であり、建物にも風格といったものを感じさせます。
 天保年間より作られ続けている酒蔵では、モンドセレクションを受賞した酒を生み出しており、単なる建物としての近代化遺産を語る以上の歴史の重さがあります。これを実地で感じられることが安芸西条の素晴らしいところかもしれません。近郊では仕込み水を飲むことも出来ます。(西條鶴醸造ホームページ.) 

福美人酒造煙突(同左)
東広島市西条町 昭和期
煉瓦造 不詳/不詳
/04.6/福美人酒造/醸造施設(同左)
 ぽつんとそびえ立つ煉瓦煙突。造りが華奢なことと鉄材を当初から回している(であろう)現状から、戦後の物ではないかと推測しております。使用されているのかどうかは難しいところですが、このような煙突群が現在でも多く安芸西条では用いられており、それが景観の上で極めて重要な要素となっています。
 福美人酒造を始め、前述したような酒蔵が西条地区だけでも7件密集しています。その酒蔵群が生み出す独特のまちなみは景観工学を勉強する人間にとってとても参考になります。(31.)

福美人酒造事務施設(同左)
東広島市西条町 昭和20年代?
木造2階建 不詳/不詳
/04.6/福美人酒造/事務施設(同左)
 窓が完全にやり替えられているため、年代がさっぱりわかりません。おおよそ、戦後の建物だと推測していますが、このタイプの建物は(改装を考慮に入れなければ)戦前でもよくありがちなパターンなので何とも言いようがありません。
 酒蔵自体はかなり歴史を持ったもので、西日本の有志によって作られた会社であり、その中立的立場から酒造関係者の育成を一時期行い、それに携わった証拠である「西条酒造学校」の看板も遺されています。見た目からはなかなか分からない、しっかりとした歴史を持つ酒蔵です。

(志和町地区)

千代の春酒造(同左)
東広島市志和町 明治末期
木造/平屋建 不詳/不詳
/04.7/千代の春酒造/醸造施設(同左)
 「田舎の造り酒屋」という表現がとてもふさわしい酒屋さんです。母屋は茅葺き、しかも江戸時代からのものといいます。お酒を買うついでに思わず長居してしまいました。
 さて、それはともかく建物の方ですが、キングポストトラスを採用しているところに西洋技術の移入具合を感じます。ただ、概ねの造り方は日本家屋のそれであり、ある種和洋折衷型の造りと言えるのかもしれません。煙突とともに産業の乏しい同地区のランドマークとなっています。近くを流れる清流には、ホタルも住んでいるとのこと。

時報塔(同左)
東広島市志和町志和堀二の平 大正11年(1922)
鉄筋コンクリート造(一部木造) 不詳/不詳
国登録有形文化財/04.7/民間/生活設備(同左)
 コンクリートモルタル塗装の建造物で、これほど地域にとけ込んでいるものはそうありません。色合い、上部の屋根の造り、意匠文言などそれを裏付ける要素をひとつひとつ洗い出してみますが、なかなかこれと言える原因を見つけ出すことは出来ません。単純に「それを作った人々の思いが込められているから」と言えれば、楽なのですけど、、。
 在郷軍人会と志和堀村アメリカ在住者との共同出資により作られたもので、上部には当時アメリカから送られた鐘が現在も鎮座しています。現在はサイレンで時刻を知らせていますが、やはり鐘を鳴らして貰いたいと考えるのは私だけでしょうか。
 四面には「時ハ金」、「定時励行」、「時間節約」の文言が読み込まれていますが、ひとつだけ削られている面に「皇国〜」という痕跡が見えます。削られた事実に時代の圧迫感を覚え、いたたまれない気持ちになってしまいます。(58.)


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