近代化産業遺産 総合リスト


 
建物紹介例
<写真がここに入ります。(下は例)>新渡戸稲造さん 現在の建物名称(昔の建物名称)
住所(移設の場合、旧所在地) 建築年代
構造/階層 設計者/施工者
文化財指定・顕彰(ある場合)/撮影日/所有状況/
使用状況(建造当時の用途)
建物説明をくどくどと。(文末に参考文献ナンバー)

札幌市北区(北海道大学)編

北大交流プラザ「エルムの森」(札幌農学校昆虫学及養蚕学教室)
札幌市北区北9条西8丁目 明治34年(1901)
木造/平屋建 中條精一郎/庄司惣助
国登録有形文化財/05.5/北海道大学/教育施設(同左)
 明治期の木造建築と言いますと、北海道全体の歴史の中ではかなり古いものに属します。北海道ではこのような建築物を大切にしようという動きが他の地域より強いようですが、それは北海道が持つ明治という時代への重みが影響しているのではないかと思います。
 さてこの配色は元々のものなのでしょうか。明治期の建築は、現在から考えると一風変わった色遣いをすることが多いですが、蛍光色の屋根と淡色の外壁は、どうにも目立っているのだかいないのだか。どっちつかずで私は気になりました。(44.) 

北海道大学図書刊行会(札幌農学校図書館読書室)
札幌市北区北9条西7丁目 明治35年(1902)
木造/平屋建 中條精一郎/阿部弊治
国登録有形文化財/05.5/北海道大学/教育施設(同左)
 漆喰塗りの壁面は、明治期洋風建築の特徴云々と言うよりも、図書館という湿気を嫌う特性によるものと考えられます。ただ、そう言った影響を差し引いても、窓周り、玄関まわりと古風な特徴が目立ちます。あとは年代を見て納得する他ありません。シンプルながら、そう言ったところばかりが気になります。
 設計者の中條は後に曾禰達蔵と組み、日本有数の設計事務所を主宰します。はっとする印象の強さは一流建築家ならではと言ったところでしょうか。(44.55.)

北海道大学図書刊行会倉庫(札幌農学校図書館書庫)
札幌市北区北9条西7丁目 明治35年(1902)
煉瓦造/2階建 中條精一郎/阿部弊治
国登録有形文化財/05.5/北海道大学/教育施設(同左)
 書庫らしい書庫です。用途がここまで限定されると、さすがに個性も発揮しづらいのでしょうか、中條らしい何か、といったものは感じ取ることは出来ませんでした。切妻の部分を見る限り、続きでもうひと棟くらいあったような印象も持ちました。
 しかしこのような書庫を見るにつけ、昔の人は暗い照明の中で本を探さなければならなかったのだな、、と今の蛍光灯全盛時代に何となく感謝してしまいます。(44.)

北海道大学南門(同左)
札幌市北区北8条西5丁目 明治37年(1904)
煉瓦造門柱 文部大臣官房建築課札幌出張所
/大島喜一郎
/05.5/北海道大学/教育施設(同左)
 明治期の門柱は南側を向いています。元々ここにあったものではなく、現在の正門を作る際南門として再活用されたものです。こちらの門柱を見ると旧制大学、と言った独特の意匠を感じさせ、歴史の深さを思わせます。
 門柱の新設が行われるとき、だいたい以前までのものは取り毀されます。このような形で残されていることに、北海道の主義を感じさせます。北海道は近代建築に優しいところです。(44.)

北海道大学南門守衛所(同左)
札幌市北区北8条西5丁目 明治37年(1904)
木造/平屋建 文部大臣官房建築課札幌出張所
/大島喜一郎
/05.5/北海道大学/事務施設(同左)
 簡素な守衛所です。明治期の守衛所と言えば煉瓦造であったり、あるいは各所に過剰なほどの装飾が施されていたりもしますが、これは至ってシンプルなものです。そういったスタイルに則ったものかそれとも資材不足など他の要因があるかは、詳しく情報がないと分からないところでしょう。
 市街地に近いところにあるため、近くを歩く人々の中には明らかに学生でない観光客や地元の方も沢山いました。大学は地元の憩いの場としての機能も持っていると肌で感じさせます。(44.)

北海道大学古河記念講堂(東北帝国大学農科大学林学教室)
札幌市北区北9条西7丁目 明治42年(1909)
木造/2階建 新山平四郎/新開新太郎
国登録有形文化財/05.5/北海道大学/教育施設(同左)
 優美な建築。塔屋がワンポイントの意匠として有効な力を発揮しています。建物で気になる部分と言えば屋根勾配の高さでしょう。雪国という地理的条件があるのではないかと勝手に考えています。
 改装のされ方が良いのか、北海道大学に遺る近代建築の中で一番の美しさを持っているように見えます。こういったところで講義を受けたい、または講義をしたいと思います。やはり贅沢な望みでしょうか。(44.)

北海道大学総合博物館(北海道大学理学部本館)
札幌市北区北10条西8丁目 昭和4年(1929)
鉄筋コンクリート造/3階建 萩原惇正/大星組
/05.5/北海道大学/教育施設(同左)
 昭和初期の時代性をやはり如実に表現している建物のひとつ。東京大学に遺る内田建築に近いものを各所に(色彩的にも)感じさせます。理科系の建物らしく、煙突がそこかしこにありそれも一種のアクセントとして彩られています。
 現在は丸々ひと棟を博物館として市民に広く公開しています。大学の義務のひとつとして、成果を広く紹介すべきと私は考えていますが、この施設はそれを体現している建物ではないでしょうか。残念ながら、私が訪れたときには既に閉館していました、、、。今度こそ。(44.)

北海道大学農学部本館(同左)
札幌市北区北9条西9丁目 昭和10年(1935)
鉄筋コンクリート造/3階建 萩原惇正/大倉土木
/05.5/北海道大学/教育施設(同左)
 北海道大学を代表する建物、、、あ、モデルバーンは除きますよ? 正門から歩いていくと、どうしてもこちらに足が行ってしまうという、なかなかのインパクトを持っています。大物建築ですが、細部は実にきめ細やかな意匠に彩られ、そのギャップも魅力です。
 コの字に造られた建物の折曲がり部分には脇門がありますが、そこに象られた螺旋型の柱、重厚な鉄扉などここに意匠が集中しています。だのに、この配置計画では内部利用者しか気づかない危険性大です。それが狙いなのかもしれませんが、、、もったいないですよね。(44.)

北海道大学本部(北海道帝国大学予科教室)
札幌市北区北9条西5丁目 昭和10年(1935)
鉄筋コンクリート造/4階建 北海道帝国大学営繕課/
東山某(1期)、沖津組(2期)
/05.5/北海道大学/事務施設(教育施設)
 玄関部分の改装が全体の印象を大きく変えてしまっています。昭和10年の建物とはとうてい思えない状態で、やもすれば、ここ10年くらいで作られた建築物と見られても仕方ないのではないでしょうか。
 正面の印象から見る限り、装飾を極力排除したモダニズムの流れに沿った建物と言えます。これだけあっさりしていると、内部の様子がとても気になりますが、予科の建物ということを考えると、過剰な期待は禁物だとも考えられます。(44.)

北海道大学正門(同左)
札幌市北区北9条西5丁目 昭和11年(1936)
鉄筋コンクリート造門柱 北海道帝国大学営繕課/木田組
/05.5/北海道大学/教育施設(同左)
 さっぱりとした外観を持つ門です。北海道に遺る建築物は、他の地域に比べ、年代から比較すると装飾が控えめという印象を持ちましたが、この作品はまさに代表的なものだと言えます。あっさりしすぎていて、古さを感じさせないため、私にとっては少々物足りない感じも覚えます(笑)。
 さっぱりしているとはいえ、威厳は十分に感じさせます。近年地方で出来た大学もこのような門柱を作れば、自ずとステータスが挙がるのでは、などと考えるのは、多分私だけでしょうね。(44.)


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