概説〜研究者のたまごが調べた『産業考古学』〜

『産業考古学』という分野とは、一体なんだろう?
まだ分かっていない部分ばかりなのですが、ご批判を承知の上で自分なりに述べてみたいと思います。

 0.産業考古学って何?
 詳しくは1.の考古学との違いや3.の定義で明らかにしているが、簡単に言うならば、「近現代に作られた、産業に関する多くの事物を研究、保存し後世に伝えていこうとする学問」と私自身は考えている。
 たとえば、古くからある工場群、西洋の技術と旧来からの技術とを融合させた機械類、洋風建築や鉄道記念物、土木構造物など、これらについて調べている人々は、たとえ学会に所属していなくても、立派に「産業考古学者」と言える。もともとイギリスでは草の根運動的に普及していった学問分野であったことからか、日本でも一般の方々に対して広く門戸が開かれている学問といえる。
 ものすごくおおざっぱに言い表すと、「明治以降に作られたものを学び、保存すること」と言い表しても、重大なミスはないだろう。
 1.考古学と産業考古学との違いは?
 産業考古学は近現代の産業遺跡に対する研究とその保存活動を目的として作られた、比較的新しい学問である。一般の考古学と産業考古学との違いについて、前田清志氏は「考古学が遺跡・遺物の調査・研究によって人類の歴史を解明する学問とされているのに対して、産業考古学ではあらゆる産業の遺跡・遺物(産業遺産)の調査・研究のほかに記録・保存の概念を付与して使用することにしたところに特徴がある」と述べている。産業遺産の検証と保存に重点をおいた学問と考えて良いだろう。
 私自身は産業考古学はあくまで考古学の延長線にあるものと考えている。よってその範囲は人間の営みが行われる全ての時代に及んでも差し支えないと思う。しかし、近代に入り産業革命が始まって以降、産業に多様性が生まれ、その研究に必要と思われる知識量・専門技術は限りなく膨大になった。それまでの時代と比較して専門の研究者を必要とする流れが出てくるのは当然流れであると言える。ここでは産業考古学の便宜上の範囲として「イギリス産業革命以降の産業に関する遺跡・遺構・遺物の調査・研究・保存のための学問」と考える。
 2.産業考古学の(ヨーロッパにおける)歴史
 "industrial archaeology"という言葉が最初に使われたのは1950年代のイギリスである。マンチェスター大学のMichael Rix氏によって提唱され、主に産業革命以降の近代化遺産についての研究を主眼とした。がなされた。イギリスの産業考古学としての活動は、1959年にイギリス考古学研究協議会(CBA=the Council for British Archaeology)に産業考古学調査委員会が設置されて以降、1960年代から産業遺跡の記録・評価・保存に関して、公共政策として進められてきた。
 ヨーロッパで進められてきた産業考古学に対する学問としての取り組みは、主に芸術と技術を同等の視点で見る事であると言えるだろう。科学技術を文化のひとつとして捉え、哲学や歴史学での専門として研究が進んでいる。これは日本での経済効率からの産業遺産撤去とそれに対する産業考古学会の保存活動から考えると相当の違いがある。
 3.産業考古学の定義について
 Rix氏は1962年に産業考古学について「産業考古学とは産業革命により作り出された初期の遺物の研究である」と定義している。しかしこの定義では不十分であるという批評を受け、1967年に「産業考古学は初期の工業活動の遺跡と構造、とくに産業革命の記念物について記録すること、場合によって保存し、解説することである」と定義づけた。
 以降様々な定義付けがなされてきたが、この学問に対する決定的な定義は曖昧なまま現在に至っている。産業考古学は様々な分野の研究者が集まった広視野な学問であることから、それを定義づけることが困難であったのではないだろうか。産業考古学会・保存調査委員会は、その研究対象となるべき産業遺産について、「生産設備・施設、道具・機械などの労働手段、製品、それらの模型・復原物、記念碑などのほか、産業に関わる絵画・図面・写真・映画フィルム、産業に従事した人々の体験・意見などの聞き取り記録、生存する労働者・職人などの技術を含む」としている。
 4.産業遺産と近代化遺産ってどう違うの?
 産業考古学が調査研究、保存の対象としているもの、という点では両者は同質である。ただ、言い方としては産業遺産という言葉には、学問発生以前から文化財評価対象として扱われてきた建築物や生活・民俗系遺物を除外する傾向にある。この様に名称がはっきりしていないのは、官庁間で名称が違う事がそもそもの原因には挙げられるが、日本に於いてこの学問がはっきりとした形を持っていない事に起因するとも言える。私自身は清水慶一氏の解釈を支持する形で総称を「近代化遺産」と呼びたいが、当コーナーリストでは諸般の都合上近代化産業遺産と呼んでいる。